大川の夜桜
《大川》江戸の頃より使われる隅田川の通称です。
大川端に明かりがポツポツと灯り始める頃、ジリリンと電話の音。
『舟お願いね。お客様3名に、お姐さん2名ね…』
料亭のお帳場さんからの電話、半纏姿(はんてんすがた)の船頭がもやい綱*1を解き、船を大川にこぎだし、料亭裏の大川にせり出した桟橋に船を着ける。
お客さんとお姐さん、料理に飲物をのせ上流の墨堤(ぼくてい)*2めざして船を出す。
ふと、料亭の二階を見上げれば芸者さんの立ち姿と三味の音、川面には新内流しの船。
昭和三十年代中頃までの隅田川、春の一夜の情景です。
『柳橋より小舟をいそがせて』と唄の文句にもあるように、かつては10名も乗るといっぱいの小型の和舟が、櫨(ろ)の音も軽やかに墨堤の桜見物にこぎのぼったものでした。
時代は変わり、周りの景色は変わっても、隅田川の流れと桜の美しさは変わりません。
つぼみが赤く膨らんだ二分咲きの桜、こぼれるほど花びらを開いた満開の桜、散り際に川面を桃色に染める桜吹雪、屋形船から眺めるのも一興です。
*1.もやい綱[舫綱]:舟を岸につなぐ綱のこと。
*2.墨堤:向島、桜橋・墨田公園のあたりの河岸。
2003/4/1