自然の力には勝てません
- 杭がトラックで運ばれてきました。トラックの前後はみ出してますね。
- 大勢で抱え上げます。大変重いんです打ち込む前に、杭の先を削ってとがらせます。
昨年末、台風の去った後の話をご紹介しましたが、この年末も、まさしく自然の驚異の話になってしまいました。
船宿にとっては、台風はもちろんのこと、大雨も深刻な被害をもたらします。時には柳橋界隈で雨が降っていなくても、神田川の上(かみ=上流)で雨が降ると、いっきに凄い勢いで流れてきます。
今年はなんと、神田川に瞬間的に降った大雨で杭が折られ流されてしまったのです。
9月4日、一時間の降水量が100o以上の想定外の集中豪雨により、中野区や杉並区を流れる神田川水系の支流の妙正寺川や善福寺川が氾濫して、床下・床上浸水の大きな被害があったことを覚えていられるでしょうか?
以前、神田川中流区域は大雨や台風などが来ると氾濫し、小松屋のある下流区域には増水した濁流が押し寄せる川だったのですが、最近は地下調節池(神田川環状七号線地下調節池)のおかげか、神田川氾濫という言葉も聞かれなくなり、下流の増水や濁流も前から比べると、幾分は和らいだかと思っていた矢先の出来事でした。
当日、最後のお客様をお送りして後片付けをして自宅に戻り、テレビに映し出される新宿での、大雨のニュースに気をもんでいたところ、11時30分過ぎに携帯電話が鳴り、神田川がすごいことになってるという情報が入りました。
急いで車に乗り店に向かいました。外は小雨で、途中、蔵前橋を渡る時に隅田川を見ると、流れも穏やかで普段と変わった様子は見られません。
- 新しい杭を立てる周りにはガッチリとした足場が組まれています
- 杭がおおよその位置におさまりました。
ところが!柳橋に近づくにつれて聞こえてくる異様な音。車が柳橋の上に止まった瞬間に見た神田川の光景は…隅田川に、神田川の濁流が凄い勢いで流れ込み、静かな隅田川の流れを堰き止めるかのようにぶつかり、白く、激しく、波立っています。車のドアを開けた瞬間のゴォーと流れる濁流の音。信じられない状況になっていたのです。
店に着き入り口から下の桟橋、川を見ると、一瞬、降りていくのをためらうような光景です。慎重に桟橋に降り、早急に点検の開始です。
船の浮いてる状態、係船杭、ロープの状態、桟橋、待合小屋下の杭の状態と端から点検していきます。船には影響は無かったのですが、杭が折れて流されていました。
川の流れが治まるのを待ってから、応急措置を施し、夜明け間近の4時30分過ぎまでかかってしまいました。長い夜ではありましたが、最悪の状況は免れ、まずは、一安心です。
そして、数日後、写真のように杭を打ち直すことになります。
写真のように、真新しい杭がトラックで運び込まれました。鳶職人さんが、杭を立て打ち込む為の足場を組み始めます。
この杭は、船にのる台船と桟橋をつなぐ階段をささえている大事な杭です。こうした大きな杭を打ち込む為に熟練の職人さんと、しっかりした足場が必要なのです。
- 掛矢(かけや)で杭を打ち込んでいきます
- 鉄のアングルです。今はずされています。
準備が整ったら杭を所定の位置に下ろします。それから、写真のように、掛矢(かけや)を振り下ろして打ち込んでいきます。掛矢と聞いてもなじみの少ない言葉ですので、何だろうと思われる方も多いでしょうが、木製のハンマーです。広辞苑によりますと、「樫などで造った大きな槌(つち)杭を打ち込んだり、軍陣で敵の城門の扉を撃ち砕くことなどに用いた」とあります。参考までに。
さて本題に戻りまして、二本の杭を打ち終えたら高さを揃えます。左右の杭の上に台形の下辺を取ったような鉄のアングルを載せ、ボルトで固定したら終了です。以前、台風対策で紹介しましたが、このアングルは川の水位が上がった時に、安全のために階段と桟橋を切り離し、吊り上げるために必要なものです。
ところで、木の杭ではなく、他の素材で良い物はないの?と思われるのではないでしょうか。許可の関係もありますが、永年扱いなれた自然の素材、この木の杭が一番適しているように思われます。杭といっても木の種類、太さ、長さと使う場所によって様々です。
種類は杉、松、檜などで、太さは細いところで直径15cm太くて35cm位、長さは4間半〜7間(7m〜13m)位です。杭の耐用年数は、5年から12年と、使用している箇所によっても違いますが、潮の干満により水に入ったり出たりする部分の腐食が激しく、思ったほど長くありません。同じ神田川内でも、ビルの影響による日照時間の差により、日差しの長い台東区側が、中央区側より杭の持ちが短いようです。
不意におとずれる集中豪雨や夕立、じりじりと迫ってくる台風の予報。このような状況の中でいつも痛感させられる事ですが、自然の前では人間は“無力”です。
穏やかな神田川でありますようにと願いつつ、日々の備えを怠らないように心がける毎日です。
- アングルを取り付けたところです。
- 杭と杭がボルトで固定されます。他の杭と比べると色が違いますね。
自然の持つ、力のすごさをお話しましたが、自然が私たちに与えてくれる力には逆のものもあります。
長い間、屋形船で隅田川、東京港を上り下りして肌身で感じた自然のすばらしさです。
通り過ぎてゆくビルや橋の景色はかわっても、変わらずに季節の到来を告げてくれるのも自然です。
−春− キラキラ光る川面に散る桜の花びら
−夏− 川面を吹きぬける一筋の涼風
−秋− 夜空にまばゆいばかりに光る十五夜の月、
−冬− 澄み切った空のかなたに見える富士山やふわふわと雪が舞い落ちる川辺
私たちの先人がこよなく愛したこの地の風景は、今も変わらず恩恵を与えてくれます。厳・優、どちらをとってもやはり自然には勝てません。
それ故にこの自然に敬服する気持ちを忘れてはならないと思います。
今年は、大寒波と記録的な大雪に見舞われています。雪による家屋の倒壊や事故の被害がかなりでているようです。
このページを書いてる今も、昨日の羽越線の列車事故による被害状況が報じられています。被害にあわれた方々のご冥福と早期の回復を願っております。
来年は、おだやかにすごせる日々が続きます事を願いつつ…
2005年12月28日